2026/05/18 12:44

【技術系譜】「滑る」から「潜る」へ

― エッジ潤滑オイル30年史と、DiverDown(月山SPECIAL 潜雪ワックス)が挑んだ新領域 ―

一般的にスキー・スノーボード用ワックスといえば、「滑走面(ソール)」へ塗布するものとして知られています。

しかし実際には、滑走時に雪氷と摩擦するのは滑走面だけではありません。側面(エッジ・サイドウォール)もまた常に雪と接触しており、特にターン時の摩擦抵抗は無視できないものがあります。


近年、日本国内では主に基礎・競技シーンを舞台に「エッジオイル」「エッジワックス」「サイドリキッド」といった製品が見受けられ、なかにはオリジナル性を主張する例も散見されます。

しかし、実際にはこれら「側面潤滑」の思想は30年以上前から一部のレーシングシーンや技術派スキーヤーの間で研究され続けてきた、深い歴史があります。

時には、当ブランドのサイド用潤滑リキッド「DiverDown」に対して、「これはエッジワックスですか?」との問い合わせをいただくこともあります。

そこで今回は、スキーサイド潤滑の技術的ルーツと、既存の“エッジワックス”とは根本的に異なる「DiverDown」の独自コンセプトについて、その歴史的系譜と共に解説します。


1. 最古級の記録 ― 1989年「側面にワックスを塗れ」

現在では「エッジワックス」や「サイドリキッド」という言葉自体が珍しくなくなりましたが、実はその思想の原型は1980年代末には既に存在していました。

確認できる国内最古級の資料は1989年(平成元年)のチューンナップ専門誌まで遡ります。


『プロが教える ベストスキーチューンナップ』(スキージャーナル刊)では、「タイムアップのため、スキー側面へワックスを塗布する」テクニックが紹介されています。
『スキーチューンアップマニュアル』(林壮一著)では、チューンナップの最終段階としてのワクシングとして、滑走のための最新ワクシング術が紹介され、「サイドに固形ワックスを生塗りし、ナイロンたわしで磨いておく」と具体的に写真付きで説明がなされています。

実はこの年に、筆者は現在のスノーボードの原型に繋がる、全周エッジやフラットボトムにツインチップ構造を持つ「Burton Cruise」という板を購入し、本格的にスノーボードを始めました。(それ以前の板はヤリイカ形状でエッジが無く滑走面にフィンがついているような代物でした)。
このBurton Cruiseは、それまでのスノーサーフィンから現代のスノーボードへ移行する過渡期を象徴する、今となっては博物館級のモデルですが、今では考えられないくらいに滑走面のクオリティが低く、当時よく滑っていた札幌国際スキー場や北海道ルスツ・イーストの緩斜面にさしかかるとすぐに止まってしまう状態でした。

当時はまだ珍しかったスノーボード。周囲のスキーヤーたちに驚かれ、じろじろ見られながら次々と追い抜かれていくなかで、負けじと取り出したのが、当時のクロスカントリー用と思われる「チューブ入りのペースト状グライドワックス」でした。それを塗りつけコルクで磨いて、雪面を手で漕いで必死で追いかけていた記憶があります。

まさに「何を塗れば止まらないか?」を試行錯誤していた時代。このペースト状ワックスを「エッジや側面にも塗り込むこと」が、当時の知る人ぞ知る裏テクニックだったのです。

つまり当時すでに、一部のスキーチューン技術者では、専用のエッジオイルが無い時代から

滑走面だけでなく、エッジやサイドウォールも、雪と接触して大きな抵抗になっている

という事実に気づき始めていた事になります。

そして、この裏テクニックがチューンナップ専門誌を通して、レーサーや筆者のような止まりたくない層にも伝わっていくことになります。

やがて1990年代に入ると、ある映画が火付け役となり、スキーの全盛期が訪れます。続いてスノーボードも急速に普及していき、当時はリフトやゴンドラに乗車するたびにスキーヤに質問攻めにあったのを覚えています。
現在と違いインターネット普及前の時代、情報源と言えば「スキージャーナル」「スキーコンプ」「スノースタイル」などの専門誌で、これらが書店に数多く並びグッズやチューンナップの別冊も多く出回るようになりました。そういった中で、同じ頃から普及していくことになる高い滑走性を有すフッ素入りの液体系スキーワックスを、スキー側面に塗る技法が紹介され、徐々に一般へも広がっていくことになります。

その具体的な書籍としては『スキーチューンナップ読本』(スキーグラフィック著)2003年(平成15年)があり、これはスキーチューンナップからワクシングに、ブーツチューンナップさらに用具手入れまで、総括された書籍です。レースワックスの解説では、ホルメンコールのトップサービスマンが滑走面へのワクシング後、冷やしてる間の手順としてサイドに流れた(垂れた)ワックスをしっかり取り、イージーワックスをペーパーに(噴霧し)、サイドにイージーワックスを塗る、という流れが画像つきで実演説明されています。このイージーワックスが高純度フッ素配合のリキッドであること、その推奨も書かれています。

つまり、現在のエッジワックスやサイドリキッドといった「側面潤滑」という概念は、決して近年にどこかだれかが考えたり、突然生まれたものではありません。その原点は、こうした1980年代の現場的な発想にまで遡ることができるのです。


2. エッジ潤滑思想の実用化 ― フランス「VOLA」

その後、この“側面潤滑”という発想を専用製品として実用化した、最古級のブランドの一つがフランスの老舗レーシングワックスメーカー「VOLA(ボラ)」です。現存する製品・資料・時代背景を総合すると、VOLA社は1990年代初頭には既に「エッジ専用オイル」を展開していたと考えられます。

筆者はその系譜に連なる、2000年代初期のものと推定される「HCF(高濃度フッ化モデルと推定)REF224700」を研究資料として保有していました。(画像:右)

そのマニュアルには、フランス語で以下のように記載されています。

Huile pour carres et chants (ユイル・プール・カール・エ・シャン)

  • Huile = オイル

  • pour = 〜専用(用途限定)

  • carres = エッジ

  • et = 〜と

  • chants = 側面

「エッジとサイドウォール専用オイル」



つまりVOLAは当時すでに、「側面抵抗が滑走性能へ影響する」という思想を、製品として明確に打ち出していたのです。

また、イタリアの「SOLDA(ソルダ)」も、その当時(1995年頃)にエッジ摩擦軽減を目的としたリキッド製品「SOLDA Metal Jet Liquid」を展開していました。 そのテクニカルマニュアルには、以下のような解説が残されています。

"Reduces friction build up from the metal edge." (金属エッジから発生する摩擦の増大を減少させる)

その後(1996年頃)にドイツの「HOLMENKOL (ホルメンコール)」が、一線のサービスマン、トップ競技者向けに「Kantenöl( カンテン・オイル)」を開発し、これは前述の2製品とは構想が異なるもので、強粘性変性シリコーンが使われ、そのエッジへの強い吸着性でターン中の高圧下でも皮膜切れを起こさずに効果を狙っていて、世界選手権で実績をあげたという記録があります。
このカンテン・オイルをベースに一般向けに改良して商品化したものが、2010年登場の「サイドウォールフィニッシュ W.C.」になり、これは現在でも専門店で目にすると思われます。



3. 日本への伝播 ― 「凍結防止理論」

この欧州のレーシングテクノロジーは、当時VOLAへOEM製造を委託していた日本のチューンナップブランド「Conquest(コンケスト)」を通じて国内へも伝播しました。

1996年のスキーグラフィック別冊『SKIGOODS・完全チューンナップマニュアルでは、Conquestの新レーシングスペシャルシリーズがリレハンメル五輪で実績済みだと紹介され、その中に「WX-27 CVR」(原文ママ)が、「-10℃以下の低温時のエッジ摩擦を低減」として紹介されています。

筆者はこの「CVR WX-27」も研究資料として保有していて(画像 左)、実際に使用した経験もあります。その粘度と濃厚な青い着色から、これは「フラッシュフリーズ(瞬間凍結)現象を予防する極寒グリース」の技術思想であったと推測します。

アイスバーンでターン中、エッジが硬い氷を削る瞬間には、凄まじい摩擦によってエッジ表面に「微細な水膜」が発生します。しかし、周囲の金属はキンキンに冷え切っているため、その水膜は一瞬で金属面に凍りついてしまいます。こうなると、雪上潤滑の要である「水」が無い状態になり、氷面とエッジがギギギと凝着しやすくなって摩擦が増大し、大きなタイムロスにつながります。放射冷却で冷え切った朝一番や、凍えるようなナイターのターンで、ググッと失速するあの感覚です。

そこで、金属表面に極寒グリースを塗布しておくと、このサイクルを止めることができる仕組みです。

現在ではほとんど忘れ去られた技術ですが、これは1990年代当時のレーシング界に存在した「エッジ潤滑」の非常に論理的な発展形でした。


4. そして「DiverDown」へ ― “滑る”から“潜る”への進化 ―

近年、国内でもエッジ用のワックスやリキッドにおいて「元祖 vs 本家」のような、様々な側面潤滑製品が登場しています。しかし、歴史的資料を辿れば分かる通り、側面潤滑というアイデア自体は1980年代末〜1990年代初頭には既に確立されていたものです。


しかしながら、残念なことに、これらを「すでに過去の遺物で廃れた技術」として、後発品がオリジナリティを主張する例すら耳にした事もあります。これも誤りで世界最古級ブランドであるVOLAの現在のカタログには、後継モデルと思われる「HCM(Ref. 280705)」が今なおラインナップされています。

その説明にはこうあります。

"Universal oil to be applied to the edges of speed skis. Do not apply to the base."
(スピード系スキーのエッジ部へ塗布するための万能オイル。滑走面には塗布しないでください。)

1990年代とは環境基準が異なるため、高濃度フッ素を意味していたと思われる「HCF」から「HCM」へと成分は変化していますが、世界最古級の系譜は現在もしっかりと息づいています。

しかし、いずれにしても、私たちが前身である「月山Specialプロジェクト」時代に考案した「DiverDown(ダイバーダウン)」シリーズは、これらの従来型サイド潤滑オイルやエッジワックスとは、まったく異なる発想から開発されています。

◆ 従来のエッジオイル(VOLA / Conquest等)

  • 目的:ハードバーンにおけるエッジ側面の凍結・焼き付き防止

  • 対象:金属エッジおよびサイドウォール

  • 思想:「雪面上」を高速で滑るためのレーシング理論

◆ 月山SpecialのDiverDown

  • 目的:月山に代表される、大量の雪汚れや黄砂等の降下物を含む過酷な悪雪対策

  • 対象:エッジ・サイドウォールだけでなく、プレートやブーツまで含む「立体すべて」

  • 思想雪の中へ潜り、雪をかき分けて進む」ための立体潤滑

欧州のレーシングシーンが想定していたのは、あくまで整備された「雪面の上を滑る」世界でした。

しかし、私たちの活動拠点であった春の月山をはじめとする悪雪・非圧雪環境では、板は簡単に雪の中へと潜り込みます。 雪と接触して抵抗になるのは、ソールやエッジだけではありません。プレートも、バインディングも、時にはブーツの側面までもが、激しい雪のドラッグ(抵抗)を受けているのです。

2010年当時の商品説明には、このようにブランドの想いを綴っていました。

海岸や船にこのような旗を見た事がありませんか? これは「DiverDownFlag(ダイバーダウンフラッグ)」と呼ばれていて、 "I have a diver down; keep well clear at slow speed" (下に人が潜っているから注意して航行を)という意味があります。

ダイバーは潜るときにこのDiverDown旗を掲げて合図していますが、それをモチーフとして開発し名付けたのが**『DD(=DiverDown 潜雪ワックス)』**です。

雪に潜る時、DiverDown旗のようにDS-DDを使ってください。 DS-DDは、板のソールだけでなくエッジやサイドウォール、プレート、さらにデッキ部やノーズキャップ、はてはビンディングやブーツ等にまで、板の潜り具合に応じて雪と接触する部分に塗ることでドラッグを減らします。


DiverDownは、従来の「面」のワックス理論を超え、雪に触れる全ての立体を滑らかにする という、まったく新しい次元の発想から生まれたものです。


5. 初期型から現代仕様へ ― 球状シリカからナノダイヤモンドへ ―

初期の「月山SPECIAL」はメーカーへのPB(プライベートブランド)製造だったため、DiverDownについてはシリコンオイルをベースとした液体に、独自に球状微粒子シリカを追加するなど、一部自作で改良を重ねていきました。しかし初期型はミクロサイズの球体だったため、雪上の激しい摩擦によって一気に脱落してしまい、潤滑被膜の「保持力」に課題が残りました。

その後、より高い耐久性と潤滑性能を求め、自主製造販売品の「月山SPECIAL エピソードⅡ」からはナノダイヤモンド分散技術へと大きく舵を切ることになります。

そして、「月山SPECIAL」を継承する現在のNDWCが、2020年代になり開発したものは、高純度・低粘度リキッドパラフィンを基材に進化したナノダイヤモンド超分散技術による、環境性をも重視した完成度の高い現行仕様「DiverDown-ZERO」になります。
元々は雪に潜るシーンで開発された経緯ですが、春の悪雪や月山はもちろんのこと、実はシーズン中のディープパウダー(深雪でのドラッグ軽減)や、コンペシーンにおいてコースが掘れてエッジが壁に叩かれるようなコンディションでも、素早い抜けの良さの評価を多く頂いています。

1980年代末、スキージャーナル誌面の片隅に存在した「側面へワックスを塗る」という小さな裏技。

1990年代、VOLAとConquestがそれを専用製品として形にした「エッジ潤滑」。

そして2010年、月山の極限環境の中で生まれた、DiverDownの「立体潤滑」。

 「DiverDown-ZERO」は、30年以上に渡る側面潤滑の歴史を理解し、リスペクトしながらも、その技術思想を“雪の中へと潜っていく世界”へと転換させたものなのです。